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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)10976号 判決

原告

山縣渉

被告

株式会社東京銀行

右代表者代表取締役

井上實

右訴訟代理人弁護士

和田良一

美勢晃一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し戒告処分の付着しない労働契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、肩書地に本店を有し、外国為替銀行法に基づく業務を主たる業とする株式会社である。原告は、昭和四七年四月一日被告銀行に雇用され、現在、本店営業部預送金課に勤務している。

2  被告銀行は、昭和五八年七月一四日、原告に就業規則七九条四号の「当行の体面を汚し、または信用をそこなうような行為があったとき」に該当する行為があったとして、原告を戒告処分の制裁(以下「本件処分」という)に付した。

3  しかし、本件処分は、「東銀の不正な賃金差別政策をなくす運動」である「銀行民主化運動」に対する弾圧であって、次のとおり、原告のこの運動を支持、拡大しようとする思想、信条のゆえにされたものであるから、憲法一四条、一六条、一九条、二一条、請願法六条、労働基準法三条、一〇四条に違反し、無効である。

(一) 原告は、昭和五一年一〇月の組合代議員選挙に資格制度の男女差をなくす、女子の違法残業をなくすなどを訴えて立候補し、組合オルグで何回も労働条件の改善を発言し、職場集会でもベースアップの大幅要求を発言した。また、原告は、職場で意に反して名札、記章を着ける必要はないというのをモットーにして働いてきており、被告銀行が百周年を迎えた当日に男子営業部員全員に被告銀行のマークが入ったネクタイを配布して一日中着けるよう指示したときも(当日の朝礼でその指示があったらしいが、朝礼は始業時刻前に行われるので原告は参加していない)、原告はそれを着けなかった。

これに対し、被告銀行は、昭和四九年夏以後、原告のその信条が被告銀行の独自の経営方針に合わないとの理由で、原告に対し極端な賃金差別を行い(その差別賃金合計は、現在では三〇〇万円を超えている)、また、昭和五二年一〇月から現在まで、原告にディスプレイ端末機への入力という単純作業を七年間も行わせるというひどい不利益取扱いをしてきた。

(二) 原告は、昭和五六年二月四日、東京労働基準局に対し、被告銀行が原告に対し極端な賃金差別を行っていること、被告銀行が労働基準法一〇六条及び労働安全衛生法一〇一条を守っていないことの申告をした。

神田駅などでのビラ配布により、被告銀行はその後労働基準法一〇六条及び労働安全衛生法一〇一条は守るようになったが、原告に対する賃金差別の是正は行われなかった。

(三) 原告は、毎年春に行われる銀行労働者中央行動に参加して、プラカードを作り、デモ行進をし、シュプレヒコールを行って被告銀行の不正な賃金政策をアピールし、労働省や全銀協に要請を行ってきたが、(二)の申告後も賃金差別の是正が行われないので、昭和五八年五月一〇日には、デモ行進をした後に大蔵省への要請を行い、別紙の要請書(以下「本件要請書」という)を提出した。

原告は、一市民として憲法一六条に基づいて請願行動を行ったものであるのに、被告銀行は、この行為を理由として本件処分を行った。

4  原告は、本件処分を受けたことにより、昇格が延伸され、定期昇給も二〇〇円という極端な額に減額される不利益を受け、また、精神的苦痛を受けただけでなく、組合活動家として、原告に批判的な組合員との関係でいたく名誉を傷つけられた。これを慰謝するには金三〇〇万円が相当である。

なお、原告は、本件処分を受けたことにより、今後も、被告銀行から毎年四月の昇給、昇格等につき不当な差別扱いを受けるおそれがあり、また、職制から監視されるなど事実上及び精神上きわめて大きい不利益を受けることになる。

5  よって、原告は、被告に対し、原告が戒告処分の付着しない労働契約上の権利を有することの確認を求めるとともに、慰謝料として金三〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一一月一日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実は否認する(ただし、(一)ないし(三)については、原告が職場で行章や名礼を着用せず、百周年記念ネクタイも着用しなかったこと、原告が昭和五二年一〇月から現在まで端末機への入力業務を行っていること、原告が昭和五八年五月一〇日に大蔵省に赴き本件要請書を提出したことは認め、その余の事実は不知ないし否認)。

なるほど原告が被告銀行から受けていた人事考課が低位であった事実はあるが、それは、遅刻回数が多く勤怠状況が著しく劣悪であり、日常規律を無視する行動や常識を逸脱した行為が多く、勤務成績及び業務遂行能力も著しく劣っていることなど、原告の勤務上の欠陥を理由とするものである。

3  同4の事実は否認する。被告銀行においては、制裁の事実そのものを理由として成績査定その他において不利益な処遇をする定めは全くない。また、被告銀行は、本件処分を公表したり他に告知したことはないから、いささかも原告の名誉を毀損していない。

三  抗弁

1  原告は、昭和五八年五月一〇日、大蔵省に赴き、大蔵大臣あての本件要請書を提出した。

2  しかし、その「東京銀行は、思想信条による極端な賃金差別弾圧を行っています」との記載は事実無根であり、原告の成績評価が低かったのは、専らその低劣な勤務成績に基づくものであった。そして、「東京銀行から“為専”の適用をはずす、東京銀行債券の発行をやめさせる、など特権的優遇処置を直ちに廃止すべきであります」との記載は、賃金差別の有無はさておき、極めて常軌を逸したものであり、更に「大蔵省から有能な職員・人材を東京銀行に派遣して、不正な東京銀行の経営陣、体質を一掃すべきであります」との記載に至っては、まじめな言論行為とは受け取れない非常識極まるものというほかなく、およそ「請願」として体をなすものではなかった。

3  本件要請書を受け取った大蔵省は、被告銀行に対し「東京銀行にこういう職員がいるのか」、「いるとすればどんな人物か」と照会してきた。被告銀行は、わが国唯一の外国為替専門銀行であって、日常業務に関して大蔵省と緊密な関係があり、その業務が国の貿易政策、為替政策等にも関連する重要かつ高度なものであるため、被告銀行の行員の行動、能力、品性に関しては大蔵省との間に一定の信頼関係が存在した。大蔵省からの照会は、このような信頼関係を背景とした大蔵省の驚き、違和感に基づくものであり、暗に被告銀行の従業員管理に関する疑念を含むものであることは、多言するまでもない。

4  被告銀行は、原告が本件要請書を提出した行為が、思想、信条による賃金差別が存在する等のありもしない事実を捏造申告する点で、少なからず銀行の体面を汚すものであり、また、被告銀行と特別な関係にある大蔵省に対しこのような非常識な要請をすること自体、大いに銀行の信用を損傷する行為であることを問題とし、原告からこの行為に及んだ事情を聴取した。しかし、原告は、自分は賃金差別を受けている、遅刻は個人の自由だ、それを理由に賃金カットをするのは不当だ、と暴言ともいうべき主張をあえてし、この行為に関する反省は一切示さなかった。

5  そこで、被告銀行は、原告が今後もこのような行為に及ぶおそれがあるものと判断し、これに就業規則七九条「頭取は、職員に次の各号に該当する行為があるときは、制裁を行なう」の四号「当行の体面を汚し、または信用をそこなうような行為があったとき」を適用し、同八〇条により原告を戒告とすることとし、同年七月一四日、本件処分をした。

なお、その際、被告銀行は、原告の勤怠不良が被告銀行の注意にもかかわらず改善されていない事実も併せ指摘している。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  原告は、なぜ大蔵省に提出した要請書が被告銀行の人事部に渡り、それを理由に被告銀行が本件処分を行ったのか、納得ができない。原告は、被告銀行と大蔵省との不正な癒着のゆえに、不当な処分を受けることになったのである。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)及び2(本件処分の存在)の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告が昭和五八年五月一〇日に大蔵省に赴き、大蔵大臣あての本件要請書を提出したことは当事者間に争いがないところ、原告の主張によれば、本件要請書に記載されている「思想信条による極端な賃金差別弾圧」とは、被告銀行が原告個人に対して行っているものというのであり、原告の被告銀行における人事考課が低位であったことは、被告も認めるところである。

ところが、(証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、原告の本件要請書を提出するまでの勤務状況は次のようなものであったことが認められる。

1  原告は、大学を卒業して昭和四七年四月一日被告銀行に入行し、第一次教育として銀座支店で約二年の勤務をした後、昭和四九年二月二二日から第二次教育として外為センターに勤務することとなった。

(一)  原告は、銀座支店で輸出業務を経験していたので、まず輸出信用状課に配属になったが、集計業務が迅速にできず、各支店からの電話への応対も悪かったため、顧客との関係で迅速、正確性が要求される同課には不適であるとして、約四か月という短期間で、迅速性の点では余裕がある輸出手形第一課に異動となった。原告は、ここでも、集計業務が正確にできず、書類作成についてのタイピストに対する指示の誤りや船積書類の付け間違いもあって、顧客が積荷を受け取ることができないなどの事故が発生するおそれがあった。そこで、原告は、約一年後に、被告銀行が作成する書類を取り扱う部門であれば危険が少ないとして、輸入信用状課に配属となったが、やはり、タイピストに勝手な指示を出し書類ができ上がってから誤りを指摘されるなどのミスが多く、タイピストからも苦情が出たりした。原告は、約一一か月後、非営業部門である業務課に異動し、約八か月在籍したが、そこにおいても、単純な集計業務がなかなか正確にできず、書類への数字の記入方法や計算誤りの訂正方法も粗雑であった。原告は、結局、外為センター勤務の約三年間、何度も同じような誤りを繰り返し、各課においてその業務を容易に習得することがなかった。

(二)  そのため、原告は、各課の上司から何度も注意を受けたが、改善の様子が見られないので、同センターの部長である渋谷正からも直接に、三回、長時間にわたる注意を受けた。しかし、原告は、渋谷部長から原告の業務に誤りが多く迅速性にも欠けることを指摘されると、「それは間違いではない」として何らかの言い訳をしたり、「女子職員の方が長く同じ仕事をしているのだから、自分がそれより遅いのは当然である」と反論するなど、反省や向上心に乏しい言動をしていた。また、原告は、原告が面識のない女子職員に突然話し掛けることなどに対して女子職員から苦情が出ていたため、渋谷部長から今はもっと仕事に専念すべきであるとの忠告を受けると、「女子職員と話をするなというのは被告銀行の方針か」と尋ね、渋谷部長がこれに合わせて「そうだ」と答えると、今度は「規則に縛られるのは嫌だ。自分は自分のペースを守る」と述べたりしていた。

(三)  同センターでは、そこでの限られた勤務期間内に外国為替業務をよく習得するために、勤務時間終了後に勉強会が頻繁に開かれていたが、原告は、「時間外の勉強会には参加しないというのが原告の信条である」として、これに一切参加しなかった。

(四)  被告銀行では、毎年一回、勤務実績や職務遂行能力を総合して人事考課を行っており、その評価は八点から一二点までの五段階に分けられているが、原告の外為センター勤務の約三年間における評価は、いずれも下から二番目の九点(やや物足りないとの評価)であった。そのため、原告は昇格することができず、また、その賃金も同期入行者より低額にとどまっていた。

2  原告は、昭和五二年一月二四日から本店営業部勤務となり、同年一〇月一二日からは同部預送金課に配属された。

(一)  原告は、昭和五二年四月一日、同期入行者より二年遅れて一階級昇格した。前記のとおり、原告の外為センター勤務時の人事考課によっては昇格は困難であったが、これは、昇格により原告が仕事に対しての自覚と意欲をもつことを期待しての措置であった。

(二)  原告は、昭和五二、三年ころ、三井物産株式会社から国際電信電話料金の納入があったとき、その納入金額と原告が算出した金額とが異なったため、同社に電話を掛け、担当者に対し「三井物産ともあろうものが、これくらいの計算ができないのか」というような相手方の心証を害する発言をした。ところが、実際には三井物産が算出した金額が正しかったため、同社から被告銀行に対し、以後はこの納入について被告銀行を利用しない旨の強い申出があり、被告銀行では、責任者が同社を訪問して陳謝し、事なきを得た。

(三)  昭和五六、七年ころ、自動預入払出機の利用状況のすべてを日々記録したキャッシュ・ディスペンサー・ジャーナルが紛失したことがあった。これは、毎日整理をし、製本したうえで、書庫に一〇年間保存すべき重要な書類であり、原告がその整理、管理を専担していたが、多数の職員で探した結果、原告の机とその脇のキャビネットの中に何日分もが未整理のまま放置してあった。原告は、これにつき課長から注意を受けたが、「それほど重要なものではないだろう」というような返答をしていた。そして、その約一年後に、全く同様のことが起こり、このジャーナルが原告の机の中に放置してあったため、原告は課長から強く注意を受けた。

(四)  預送金課では、長年利用されていない預金口座を整理し、顧客に対しその利用を勧める通知状を発送したことがあったが、預金口座によっては顧客からの申出により被告銀行からの通知はしない取扱いをするものがあり、これについて誤って通知をした場合には被告銀行の信用を損なうことになるので、この整理業務は、書類上のその旨の注記に従い、通知の要否を明確に区別して行う必要があった。ところが、原告は、判然とこの区別をすることなく、通知をしてはならない預金口座について通知状を発送するような区分けをしていた。ただ、このときは、他の職員がその間違いを発見したので、通知状は発送されないで済んだ。

(五)  被告銀行では、就業規則により、職員は勤務時間中行章を着用しなければならないと定め(三三条)、また、通達により、防犯の徹底等のため行章及び名札の着用を励行することを指示している。しかし、原告は「意に反して行章、名札などを着ける必要はないというのが信条である」、「極端な賃金差別をしている被告銀行のものは恥ずかしくて着けられない」として、行章や名札を一切着用せず、また、昭和五五年一月に被告銀行が百周年を記念して男子職員にはネクタイ、女子職員にはスカーフを配布し、当日は勤務中にそれを着用するよう指示したのに対しても、被告銀行のマークが入っていたことから、同様の理由でそのネクタイを着用しなかった(原告がこれらの着用をしなかったことは、当事者間に争いがない)。

(六)  被告銀行では、毎年一一月に、人事異動の参考にし、併せて職員の指導に用いるため、職員に自己申告表を提出させている。しかし、原告は、自己申告表の(1)過去一年間に担当職務遂行上立てた目標、(2)過去一年間に自己啓発の観点から立てた目標、(3)今後一年間の担当職務遂行上の目標、(4)今後一年間の自己啓発の観点からの目標の各欄に、昭和五五年は(1)「経営者と一体となっている今の労働組合を、より“まし”なものにすること。それ以外なし」、(2)「――」、(3)「目標などたてる必要はなし」、(4)「――」と、昭和五六年は(1)「なし」、(2)「なし」、(3)「体を大切にして職業病にならないようにします」、(4)「不正な賃金差別政策を直す戦略」と、昭和五七年は(1)「職業病にならないように体を大切にする」、(2)「銀行の不正を明らかにする戦略」、(3)「なし」、(4)「同上」(すなわち、(2)と同じ)と記載するなどしてこれを提出した。そのため、課長や人事部としては、原告は自己申告表の意義を全く理解しておらず、上司等を愚弄するかのような非常識極まりない内容で面白半分に書いているものと考えざるを得なかった。

(七)  本店営業部では、毎月一回、午前八時四〇分から九時まで朝礼を行っているが、その開始が勤務時間開始時刻の午前八時五〇分より前であることから、原告は、それを理由に朝礼には一切参加しなかった。

(八)  原告は、昭和五六年四月から九月までの六か月間に、五一回の遅刻をした。そのうち一回は遅刻扱いとしないものであったが、残る五〇回の遅刻については、眼科通院を理由とする三回を除き、いずれも遅刻した理由は「別になし」というものであった。そのため、原告は、昭和五六年一〇月二日、本店営業部長からの書面による注意を受けたが、鈴木龍雄次長からその注意書の交付を受けた際には「こんなにありましたか。今後は気を付けます」と答えていたものの、二、三日後には、鈴木次長に対し、「注意書を出せる根拠があるのか。就業規則には注意という言葉はない」、「そもそも遅刻の回数を数える権限があるのか」と問うなど、反省に乏しい様子を見せていた。原告の遅刻回数は、その後減少はしたが、それでも、昭和五六年一〇月から昭和五七年三月までの六か月間が二二回(うち一六回は「理由なし」というもの)、昭和五七年四月から昭和五八年三月までの一年間が二四回(うち二一回は「理由なし」というもの。このほか、同期間中には「遅刻回避のため」を理由とする欠勤が一回ある)、昭和五八年四月の一か月間が九回(うち三回は「理由なし」というもの)であった。原告は、毎年一回行われる人事部の面接においても遅刻が多いことについて注意を受けたが、その際「癖でどうにもならない」と答えていた。

(九)  原告の勤務状況が以上のようなものであったことから、昭和五八年当時、預送金課においては、原告について、顧客との直接の接点に立たせることはできない、書類の管理を任せきりにすることはできない、本人にのみ業務を専担させることは危険であるとの評価がされており、その処遇に苦慮していた。また、本店営業部勤務となってからも、原告の人事考課による評価は、常時、前記五段階評価の一番低い八点(物足りないとの評価)又は前同様の九点であり、そのため、原告は、その後昇格することがなく、同期入行者に比べ二階級の後れとなり、賃金も低額であった。

以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。原告本人は、原告の遅刻届(〈証拠略〉)の記載中には原告が記載したのではない部分や後に改変された部分がある旨供述するが、(人証略)によれば、原告が記載しなかった部分は、課長が遅刻して出勤した原告自身の申告に基づき時刻を確認のうえ記載したか、あるいは、原告からの電話連絡を受けた職員がその連絡に基づいて代行記載したものであること、遅刻届は課長が保管しているが、原告自らもいつでもそれを見て以前の記載状況を確認することができるのに(この点は、原告本人も認めている)、その記載内容について原告から異議が出されたことはないことが認められるから、遅刻届の記載内容に疑いを差し挾むべき理由はない。

三  この認定事実によれば、原告は、銀行職員として、自己の職務に対する自覚、意欲、責任感や服務規律に対する認識が欠けているものといわざるを得ず、原告の賃金が同期入行者より低額にとどまっているのは、専らこのような原告自身の勤務状況に起因するものと認めることができる。なるほど(証拠略)によれば、原告が被告銀行職員の労働組合の代議員選挙に立候補したり、本件同様の賃金差別の存在等を訴える申告書を東京労働基準局に提出したり、「東京銀行自由の会」と称してこの申告の模様を記載したビラを街頭で配布したり、銀行労働者中央行動に参加してデモ行進をしたりしていたことが認められるが、被告銀行がそのような原告の行動やその思想、信条を理由として賃金差別を行っていると認めるに足りる証拠は全くない。

なお、原告本人は、原告が外為センターに勤務した約三年間、被告銀行は原告がした仕事を他の行員に点検(リチェック)させ、原告には独自に仕事をさせないという不利益な取扱いをした旨供述する。しかし、(人証略)によれば、この点検は、原告に限って行われたものではなく、新任者が業務を習得し独り立ちをすることができるようになるまで、先任者がその業務の遂行状況を点検し、指導するための制度であり、原告がした業務について各課でついに点検が外されなかったのは、専ら原告が業務を習得し得なかったためであることが認められるから、これをもって思想、信条による不利益な取扱いということはできない。

原告は、被告銀行が原告に対しディスプレイ端末機への入力という単純作業を長年行わせるという不利益な取扱いをしているとも主張し、原告が昭和五二年一〇月以来この入力業務を行っていることは当事者間に争いがない。しかし、(証拠略)によれば、本店営業部としては昭和五五年ころから原告を非現業部門へ転出させたいと考えているが、原告の勤務状況が前記のようなものである限りは他の業務を与えることは危険性が高いため、原告の担当業務は端末機への入力が主体となって長年が経過していることが認められるから、これについても思想、信条による不利益な取扱いということはできない(この入力業務についても、〈証拠略〉、原告本人尋問の結果によれば、振込依頼人名の入力は片仮名で正確に行うべきところ、原告はローマ字で独自の略称を用いたりして入力するため、往々にして依頼人名が判別できなくなり、顧客からの苦情も発生していること、原告は、それにつき注意を受けても、自分はローマ字で入力することに決めているとして改めようとしていないことが認められる)。

また、遅刻届への「理由なし」との記載について、原告本人は、遅刻をしないように努力はしているが、たまたま一、二分遅れてしまうことがあり、その場合には理由は書けない旨供述するが、(証拠略)によれば、前記期間中の各回の遅刻時間は一、二分にとどまるものではないばかりか、原告は、何回か一時間以上遅刻した場合にも「理由なし」としていることが認められるから、原告の右供述は弁明としても採用できない。

四  そうすると、本件要請書の「東京銀行は、思想信条による極端な賃金差別弾圧を行っています」との部分は、原告が自らの勤務状況を省みることなく、明らかに事実に反する虚偽の記載をしたものといわなければならない。そして、その余の「よって、東京銀行から“為専”の適用をはずす、東京銀行債券の発行をやめさせる、など特権的優遇処置を直ちに廃止すべきであります」、「その為に、大蔵省から有能な職員・人材を東京銀行に派遣して、不正な東京銀行の経営陣、体質を一掃すべきであります」との記載も、仮に原告が自らは賃金差別を受けていると思っていたとしても、そのこととどのように結び付くのかさえ容易には理解し難いものであり、大蔵大臣に対して真摯に要請をする趣旨のものとは到底受け取ることができない。ましてや、原告が主張するような賃金差別は存在しないのであるから、原告がこのような記載のある文書を提出することは、自らが勤務する被告銀行を誹謗し、中傷するに等しい行為である。

ところで、(証拠略)によれば、被告銀行の就業規則は、七九条(制裁)で「頭取は、職員に次の各号に該当する行為があるときは、制裁を行なう」として、その四号に「当行の体面を汚し、または信用をそこなうような行為があったとき」を掲げ、八〇条(制裁の方法)で「制裁の方法は、情状に従い、次のとおりとする」として、その最も軽いものとして「戒告」を掲げ、八一条(制裁の内容)で「戒告は、始末書を提出させ、厳重な注意を与える」と定めていることが認められる。

そして、(人証略)によれば、被告銀行がわが国唯一の外国為替専門銀行であることから、被告銀行にとって大蔵省は単に監督官庁であるというにとどまらず、国の国際金融政策、貿易政策等の面で日常的に密接な関係にある官庁であり、大蔵省としても被告銀行の業務内容や職員の質について、そのような関係に応じた信頼を寄せていること、原告が本件要請書を提出すると、すぐに大蔵省から被告銀行に対し「山縣渉なる職員がいるのか。いるとすれば、どうしてこのような常軌を逸した内容の書面が提出されるようなことが起きるのか」との照会があり、本件要請書の写しが送付されたこと、そこで被告銀行の人事部は原告から事情聴取をしたが、原告は「これは事実を述べたまでであり、自分としては間違ったことはしていない。大蔵省は天下り先を探しており、東京銀行に人を派遣せよと言ってやったから喜んでいるのではないか」と答えていたことが認められる。

この認定事実及び本件要請書の記載内容によれば、原告が大蔵省に赴き本件要請書を提出したことは、大蔵省との関係で被告銀行の体面を汚し、又はその信用を損なったものであるといわなければならず、その程度や事情聴取における原告の対応を考慮すれば、被告銀行がこの行為に対し最も軽い制裁である戒告処分をもって臨んだことは相当であり、本件処分を無効とすべき理由はない。

原告は、請願行動として本件要請書を提出したのに、被告銀行はこれを理由に本件処分を行ったとして憲法一六条違反、請願法六条違反を主張する。しかし、その記載内容に照らすと、本件要請書の提出が果たして請願に値するものといい得るかは疑問であるばかりか(なお、請願法二条は、請願の方式として請願者の氏名のほか住所の記載も要求している)、たとえ請願であったとしても、その名の下に虚偽の事実を申告して他者を中傷し、その信用を損なうようなことが許されるいわれはない。本件処分は、原告が請願をしたことを理由として行われたものではなく、原告が被告銀行の体面を汚し、又はその信用を損なったことを理由として行われたものであるから、原告の主張は失当である。そして、原告のその余の憲法違反、労働基準法違反の主張も、いずれも前提を欠き、失当である。

五  以上のとおり、本件処分は有効であるから、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

よって、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 片山良廣)

(別紙) 要請書

83.05.10

竹下大蔵大臣殿

東京銀行自由の会代表

山縣渉

1. 東京銀行は,思想信条による極端な賃金差別弾圧を行っています。これは反社会的な行為であって,自由社会の一員たる我が国においては,憲法違反であり,国際社会の一員としてもまことに恥ずかしい限りであります。

よって,東京銀行から“為専”の適用をはずす,東京銀行債券の発行をやめさせる,など特権的優遇処置を直ちに廃止すべきであります。

2. その為に,大蔵省から有能な職員・人材を東京銀行に派遣して,不正な東京銀行の経営陣,体質を一掃すべきであります。

以上

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